塚口の歴史

塚口神社とだんじり

 丹波高地を源とする猪名川流域には弥生時代から人が住み始め、数々の遺跡が発見されている。中でも、古代豪族の古墳群が塚口周辺から伊丹にかけて確認されており、そこから塚口という地名が由来すると言われています。
 平安時代、塚口から伊丹の西北の一帯は笹の原野で、猪名の笹原を歌った歌が残されています。
 
 
 ありまやま いなのささはら かぜふけば いでそよひとを わすれやはする
                   紫式部の娘 大弐の三位 藤原賢子

田能遺跡

 中世においては、塚口は「神崎から伊丹の有馬道沿いの街道」と「西宮と吹田を結ぶ重要な街道」の交差点として、土塁と環濠を巡らす城郭構造をとる環濠集落として栄え、一向宗の塚口御坊(現在正玄寺)を中心に寺内町が形成された。
 塚口神社は天平年間に行基がこの地を訪れたおり、守護神として須佐之男命をお祀りしたと伝えられている。毎年十月の中頃「だんじり」が町中を練り歩く秋祭りが催される。
 

塚口商店街の歴史

市政40周年記念の商店街(提供:石本自転車)

 阪神急行電鉄株式会社が大正9年に、神戸本線(梅田〜神戸上筒井間30.3㎞)を開通させた頃より店舗が出来始め、昭和初期には30件以上の店舗が連なるにぎやかな通りとなり、それらの店舗でつくった『塚口南友会』がその発祥です。その頃、駅の南も北も田畑が密集している中で、塚口専門大店・永楽商店街と共に塚口の中心地でした。その後『南町会』『塚口商工会』と名称を変えながら、道路の整備、街路灯の設置、阪急高架工事などの開発にむけて活動し、地域との交流を深め、商売も意気盛んな時期でした。昭和37年に国が振興組合法を制定したことから、塚口商工会も昭和53年に任意団体から『塚口商店街振興組合』となり現在に至ります。

現在「塚口商店街振興組合」は若手を中心に
様々なイベントを企画して元気いっぱい活動中!

 2014年からはイベント担当として活性化委員会を立ち上げ、毎月の委員会の中でテーマや課題などを話し合っています。今年度は県や市の助成金を利用した事業を多く手掛けたため、活性化委員会を「塚口笑店街文化祭委員会」「塚口笑品券委員会」「塚口笑店街ポイント事業委員会」の3つの専門委員会に分けて活動。個別の委員会開催だけでなく、それぞれのLINEグループを作って意見交換や確認作業をする中、会員間の距離も縮まり、会員全員が目標に向かって協力し合う元気いっぱいな姿は、他団体からも評価されています。

アカペラコンサート(アリクイ食堂)

お子さんのヘアセット教室(クローバー)



 中でも継続事業である「塚口笑店街文化祭」は2016年8月で5回目を迎え、10月さらには2017年2月開催の内容を詰めている状態。この事業は『各店の特徴を活かした講義やイベントを各々で用意してもらって一斉に参加者を募集する』というもの。回数を追う毎に内容も練られてきており、参加店舗も増えていて、当商店街の活動の中心になりそうな成長を続けています。

こんな元気いっぱいの「塚口笑店街」に遊びに来て下さいね。

きもの塾(まるひめ)

活性化委員会の中で意見を出し合って作成したロゴマーク


ワインテイスティング会(パッキア)